月の民

小説

アイン①

 アインという、月の民の一員がいます。彼は月を眺めていました。群れから一人離れた丘の木の上、とりどりに彩られた布張りの天幕と、薄紫色の空へと登ってゆく微かな炊煙とがいくつも赤土色の地面を埋めた辺りをぼんやりと見遣りながらも、その目はおもむろに月へと吸い寄せられるのでした。

 腰掛けて身を預けた老木は葉を落とし、どこか寒々と透き通った空気に溶けるようなアインの影が、煌々と白い月に重なっています。もう何度も繰り返した景色なのでした。

 月の民は、生涯をかけて月を追い続けることを決めた人々で、そこに血縁関係はありませんでした。あの街で一人、この街で一人と増え、あるいは減りながら、ゆらめくようにその境界を曖昧にさせたまま、ただ月を追って歩き続けているのでした。

 アインは捨て子でした。それ自体はよくあることでしたので、先生に拾われたのはアインにとって幸運なことでした。先生というのは月の民の中で主導的な立場にいる人たちのことで、(主導的、と言っても結局みんな月を見上げて歩いているだけなのですが)大きな群れの中に、いくつかもの小さな群れと、何人もの先生がいるのです。アインはその中の一人に、偶然街で拾われたのです。

 「あ」

 アインはひとこと言って、先生の腕にすがりました。先生は薄く靄がかかったような、泡立つ緑色の海のような目でアインを見返すのでした。

 「あ」

 アインはまた言いました。大きな時間の中で、ただひたすらに二人だけになってしまったように、アインと先生は見つめ合いました。

 不意に、先生はアインに向けて拳を突き出すと、花を咲かせるようにその指を開きました。手の中には真っ赤な干し果物が、ルビーのように散っていました。甘い、甘い味が、アインの口の中に、切なく、ぎゅっとこみ上げるのでした。

 アインはそれを取り、食べました。先生を見上げながら、先生もアインを見ながら。そうして踵を返す先生の後を、よちよちと、追って歩きました。こうしてアインは月の民になったのです。