猫の入院

飼い猫が入院してしまった。肺に淡い牡丹雪のような影がいくつも散らばったレントゲンを見ながら、努めて冷静な受け答えをした。こうした影の映る原因はいくつかあり、ひとつには腫瘍、または水腫、あるいは炎症との事で、腫瘍の可能性を印象付けるように医師は説明をしていた。単に肺炎である可能性もあるが、炎症や、水腫・炎症を伴った腫瘍もあり得る、というような語り方だった。単純に重体である事を意識させるような言葉遣いだったと思う。

 

異変があったのは金曜頃からで、次第に食が細くなっていった。一日に2度の食事のうち、朝には少量になり、晩からは物を一切食べなくなり、翌日・翌々日は何も食べなくなった。私が気付いていたのは単に食が無い、という点くらいだったが、ベッドに潜り込まれて丸まられている父は木曜頃から呼吸がおかしいように感じていたらしい。鼻で息をするような、腹式呼吸をしているような違和感だったようだ。

 

普段は乾式の固形食を2種混ぜたもの20gに茹でたささみを細かく指で裂いたもの5g程度を混ぜたものを毎食食べながら、夕食の机に飛び乗っては魚の切り身の前でじっと座り目を伏せ最終的に皮を与えられたり、食べ終えた皿に残った脂を舐めたり、容赦なく机から降ろされたりしていた。ヨーグルトを小さじ半杯くらい舐めたり、アイスクリームの皿を名残惜しそうに舐めたり、液状食を手ずから食べるときはそれこそ齧り付くように爪を立てながら食べていた、わりに食い意地の張った猫だったのだが土曜にはもはやそれを鼻先に近づけてもしゅんと首を傾けるだけで口に入れようとしていなかった。

 

何か埃や紐でも誤飲したのではないか、と母は疑っていたようで、しきりにこのところ父の在宅勤務が増え掃除機をかけられていない日があった事を気にしていた。私も普段食い気のある猫が急に物を食べなくなったのをなんとなく不思議には感じていたものの、胃が気持ち悪いのだろう、少し食を休めば回復するのではないかと楽観していた。

 

土曜の夜(父の誕生日だったのだが)、その時には明らかに異常と見取っていて、このまま明日も食べようとしないなら近くの医者に連れていこうという話になっていた。私は父の誕生日を忘れていたのと、引越し先探しのための街歩きの結果が芳しくなかったのとで気分が沈んでいて早めに就寝した。猫は天井まで届くキャットタワーの最上部、宙に浮くお椀状の布張りハンモックで丸まっていた。それを横目に見て寝室に行った。

 

翌朝も猫は元気が無かったので父と母が近くの動物病院に連れて行った。思い返せば不気味に静かで、普段籠に入れられる時あれほど騒ぎ立てる猫が数声鳴いただけで車に乗って行った。私は前日の気分を引きずって引きこもり気味で、回復しようと横になっていた。猫に自分の厄を肩代わりされているような気がしていた。

 

両親は猫も連れて帰ってきた。戸を閉めた自分の寝室から出たら、部屋の前に猫がうつ伏せていてその時には明らかに呼吸がおかしかった。医師曰く原因は分からないが様子を見て、今日も変わらなければ明日入院させようとの事で、抗生剤と点滴を受け、滋養をつけるため注射器で無理にでも液状食を食べさせるように指示されたと母は言い、そのための注射器も持ち帰ってきていた。まず誤飲を病院でも疑ったようで、口を開けて中を見たがそれらしいものも無かったのだ、という。

 

昼食後、母は猫が爪研ぎをしたために長らく毛羽立っていたソファカバーを交換しようと言い、しかし猫を置いて行くのは心配だというので私はその間様子を見る事を申し出た。午後から新しいカバーを買いに出て行ったふたりを待つ間、私は寝室から出てひたすら猫に寄り添っていた。

 

私が一番初めに慣れさせた猫だった。貰われてきた仔猫だった当初、家中を逃げ回り風呂場の前で震えていたのを、同じ目線まで横になって見つめ合い、表情の変化を見ながら手を伸ばして段々と撫で、落ち着かせ、最後には胸に抱いてリビングまで連れたのだ。

 

その猫がダイニングテーブルの下でぷすぷすと鼻音を立ててうつ伏せていた。私は悪い事をした気がしていた。同様に床に横になって添い寝し、首筋から背中へ指を沿わせて流し、尾の付け根を爪先でかりかりと引っ掻くように撫でた。猫の目は濁って見えた。もっと早く気にしろよと責めているようにも見え、甘えん坊の普段の様子が思い出された。2、3日の事だったのだ。そのはずだった。私が私のことにかまけていたのはここ数日だけ、そのはずで、しかしもっと気持ち的な優先順位を猫に向けられたはずだった。もっと早い段階で医者に連れて行く事を提言できたはずだった。

 

苦しげに、しかし小さく肩と鼻で息をしていた猫は私にじっと撫でられているうちに落ち着いてきて、完全に横になって伸びた。撫でられるがままに任せ、呼吸も苦しげでは無くなっていた。自分の猫への愛情が不足したせいでこれは起きたのだ、とやはり猫にとって重要な存在である自分を少し得意気にすら感じる部分まで、私の中に認めた。

 

猫は撫でられているうちに気が楽になったように見え、大人しくしていた。尻尾でぱたぱたと床を叩いていた。しかし手触りがおかしかった。明らかに痩せ、骨張っていた。水も飲んでいないのだ。閉じた目に目脂がついていた。猫は幾度か姿勢を変え、最後はまた横になって私の指を甘え蹴りし、そのまま掌の中に後脚の肉球を包まれた形で眠りについた。私も猫に向かい合って沿うように、その寝顔を見ながら眠った。

 

目覚めた時、同じ姿勢で猫は私の顔を見ていた。私は再度猫を撫で出し、猫もまた再度されるがままになった。ぷすぷすという鼻音はさせていなかった。こちらに気を遣っていたのだろう。去勢されたとはいえあれも男なので、気高気な様子を取り戻しつつあった。私はひたすらに猫をゆっくりと指でなぞりながら、じっとその眼や、尾や、太腿や、髭の張りのない様子や、毛艶の鈍りなどを見ていた。ひと声ニャアと鳴いた。私はにゅうと唸って答えた。

 

両親が帰ってきた車のエンジン音がすると猫は、すくと立ち上がって玄関が視界に入る2m以内の物陰までぱたぱたと歩き、そこでまた横になった。私もそれに続いて横に座ると、その身体に軽く手を置いて、落ち着かせるように体を指でとんとんと叩き続けた。明確に弱っていた。愛情の結果、気分を良くしているだけで、身体能力は明らかに衰えていた。指ざわりに脂肪を感じないのだ。こりこりとした骨の感触。

 

帰ってきた父はまず強風で飛んだ洗濯物に腹を立て取り込みに向かい、母はそれに宥めるように続いた。猫は少しだけしゅんとしたような様子を指先に伝え、しかし姿勢は変えずに同じ位置にいた。私は猫を撫で続けた。ひと段落させて、ふたりが猫の目の前で屈んだ。母は猫撫で声で猫に様子を尋ね、食事を勧めた。父は呼吸についての報告を私から聞き、朝から変わらないな、ずっと苦しそうに息をしていると言った。私が引きこもる間も猫を見ていた自負があった。

 

猫はまたすぐにダイニングテーブルの下に戻り(四脚の椅子に囲まれ、安全なのだ)、うつ伏せてぷすぷすと言い始めた。私が最後にちゃんと見ていた昨日の夜と比べて苦しげだと感じた。猫を追って床に横になり、また撫でた。

 

母はご飯を食べさせようとしていた。液状食を鼻先に近づけたり、注射器を用意したりしたが、食べない。そもそも弱った猫の口を無理に開いて食べ物をねじ込む、というのに抵抗感があったので食べさせなかった。ここに至ってようやく私がインターネット検索をかけ、別の動物病院、またそれを通して24時間体制の従量制動物救急医療相談窓口に電話する事を提案した。母は午前中相談した医師に気を遣い、その医師の言う通りにする、つまり翌日まで様子を見ると主張した。私は反論を一呼吸呑み込み、ではもう気にしない事、セカンドオピニオンも存在する事、このまま素人医療で不安を抱えても仕方がない事を伝え、また寝室に帰った。私は場を和ませる、とりあえずの保守が複数人の同意形成に際して、必要や価値がある事を認めるが、その時間を好めない。

 

30分ほどして父が寝室に来て、やはり猫を救急医療センターに連れて行くと言った。私は同行すると言い、着いていった。猫は検査後そのまま入院する事になった。

 

もっと早くから猫のために動けていたはずだ、と悔いる部分がある。猫は入院している。

無関心

 僕は木に登っていた。冬の空と山際だった。空気は灰色をして、汽笛から透明な煤が吹いて、遠く遠く行き渡ったようだった。白茶けた枯れ草に覆われた畝は、次第に夕暮れの中に波打って、ひとつ、ふたつ、飛び石のように散らされてある瓦屋根も沈んで見えた。
 寒い冬だった。からからと乾いて、雲も刷毛で塗ったように薄く削られていた。何かを考えなければいけなかったのだった。それがなんだったのか、今となってはわからなかった。追いかけるようにぽつぽつと思い出されるのは、淡くぼやけた誰かの笑顔や、垣根に過ぎる黒猫の尾のしなりだった。
 ぱらぱらと羽音が聞こえた。右手の茂みから彼女が見えた。さらさらと髪は流れて、口は一文字に結ばれて、こちらをきっと見上げているのだった。
「遅いよ」
彼女は言った。
「八代さんに男の子が生まれたの」
彼女は言った。
「今泉さんは汽車に乗ったわ、もう着くんじゃないかしら」
 彼女の声は少しずつ張り上げられて、冬空に抗いながら、吸い込まれていった。
 寒い冬だった。じわじわとかじかんでいく指先は赤く、しかしきつくなる陽の色はそれを溶かし、何も変わらないように見え、それは彼女の顔も同じことだった。影が一層濃くなった。
 思い出さなければいけないことがあったのだ。だからこうして僕は木に登って、それでーーー
「ねえ、いつまでそこにいるの」
彼女の声が張り上げられて、僕は口を開こうとして、答えられなかった。喉ではなく、胃が沈むように、答えられなかった。風が吹いた。ざあ、と草が鳴り、彼女の顔を髪が隠した。空にはもう星が現れて、地の点々とした灯と鏡合わせになったように、どこまでも遠く続いていた。
 だって、と呟く声がした。
「だって、仕方ないじゃない」
 彼女は言った。
「だって私は、木に登れないんだもの!」
 わあと泣き出した彼女は声を噛み締めると振り返り、歯垣を漏れる嗚咽を伴うと、ざくざくと茂みを分けた足音は、そのままじきに、木立に消えた。
 幹に背中を預けてうなだれると、腰掛けた太枝と僕の体は一つの景色になったように、こんこんと、もうすっかり降りてしまった夜に溶けてゆくように思えるのだった。

アイン①

 アインという、月の民の一員がいます。彼は月を眺めていました。群れから一人離れた丘の木の上、とりどりに彩られた布張りの天幕と、薄紫色の空へと登ってゆく微かな炊煙とがいくつも赤土色の地面を埋めた辺りをぼんやりと見遣りながらも、その目はおもむろに月へと吸い寄せられるのでした。

 腰掛けて身を預けた老木は葉を落とし、どこか寒々と透き通った空気に溶けるようなアインの影が、煌々と白い月に重なっています。もう何度も繰り返した景色なのでした。

 月の民は、生涯をかけて月を追い続けることを決めた人々で、そこに血縁関係はありませんでした。あの街で一人、この街で一人と増え、あるいは減りながら、ゆらめくようにその境界を曖昧にさせたまま、ただ月を追って歩き続けているのでした。

 アインは捨て子でした。それ自体はよくあることでしたので、先生に拾われたのはアインにとって幸運なことでした。先生というのは月の民の中で主導的な立場にいる人たちのことで、(主導的、と言っても結局みんな月を見上げて歩いているだけなのですが)大きな群れの中に、いくつもの小さな群れと、何人もの先生がいるのです。アインはその中の一人に、偶然街で拾われたのです。

 「あ」

 アインはひとこと言って、先生の腕にすがりました。先生は薄く靄がかかったような、泡立つ緑色の海のような目でアインを見返すのでした。

 「あ」

 アインはまた言いました。大きな時間の中で、ただひたすらに二人だけになってしまったように、アインと先生は見つめ合いました。

 不意に、先生はアインに向けて拳を突き出すと、花を咲かせるようにその指を開きました。手の中には真っ赤な干し果物が、ルビーのように散っていました。甘い、甘い味が、アインの口の中に、切なく、ぎゅっとこみ上げるのでした。

 アインはそれを取り、食べました。先生を見上げながら、先生もアインを見ながら。そうして踵を返す先生の後を、よちよちと、追って歩きました。こうしてアインは月の民になったのです。