白バラと風船

バラを自由にしてやりたかった。それで風船をくくりつけて星に送り出した。気難しかったのは王子の方だったのだから、バラにも順番が巡って来たのだ。残された星の事を思うと気の毒でもあり、すがすがしくもあったがともかく。バラにも愛する権利がある。 ほ…

邂逅

夜の匂いの水を追って回る一瞬が隣を追い越して背中に追い縋る 日向の影に向かって歩く一歩に重なって増える今が揺れて離れる 一度も息をしなかった深い花の底で包まれて私はまたそこに円を見出す 月 そこに月が 誰にも見えなかった海の匂いがどうして今つい…

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穴に落ちて何も考えられなくなった。足を滑らせた、と思った時にはどこまでも落ちていて、引っかかりもなくそのままごそりと地面の感覚を失い続けている。本当はどうすべきだったのかなど知らない。知っているが、認められない。壁に爪を立てようとして指先…

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幾度も幾度も重ねて繰り返しながら、本の端を三角に折っていく。全てのページを折り終わって、次の本を手に取る。表紙の向こうに何があるのかは知らない。とにかく折っていくのだ。棚から取った本もあれば、製本途中の本もあり、ふやけた本もあれば、キャラ…

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何よりも遠い場所にいる、と思う時は、誰でも来られそうな場所にいることが多くて、本当の遠さは目の前の人に感じるから、遠さは人を鈍感にする。だから本当の遠さに立った人は、誰にも印象を残すことなく、世界から消えるのだと思う。本当の別世界は地続き…

3/31

パイナップルを輪切りにして、半分ずつずらして重ねて円にしていく途中で、自分の手が気になった。果汁が滴る指を舐める。甘さを感じるが不思議で、目の前の鏡を見る。老けた顔の自分が映り枷を感じ、皿の上の果物にもう一度目線を落とす。鮮やかな黄色と、…

3/30

空を見ながら歩いていたら、急に壁にぶつかった。仕方のないことだとは思ったが、唐突なので信じがたい。なぜここに壁がなければいけないのか。関心があるわけでもないのだが、文句を言わなければ気が済まないということもある。 君はなんだってこんなところ…

『複眼の映像 私と黒澤明』を読んだ。

一室

灰の上にたむろした光の 苦しみを立たしめた香りが 今吹き上がって風に散ってゆく 窓から漏れ入る夕景は わずかに 実にわずかに 思い出に席を譲る 置きかわってゆく 日々 すれちがってゆく 夜々の 切先が頬に傷を付ける 何故僕は血を流し 何故君はそこにいな…

手をとる

ゆらゆらと揺れる手の 感覚を間において 私とあなたは別のことを思った 言葉は弾み出て 目は合わさずよくて ただ別のことを思った 持ち上げられる手の 掬われる二の腕の 微かな揺れをつくって その胸の 奥に

ヴェロニカペルシカ

一面広がった星の野を ひとくさり 一掻き 土と掬って机上に置いた 風の丘のミニアチュールは どこにもない白いワンピースを いつまでも旗めかせる 忠実な夢を私は どこに置こうと言うのか 日に焼けたオルゴール かつて揺れたレース 寂しげな母の面影 薄明か…

旅行を趣味に

しばらく同じ場所で働き続けて、選択肢が狭まったのに、可能性が増したように感じる。周囲の人に愛着を持って働いていたのだ。無くなったものも多い。本を、ほとんど読まなくなって、ゲームも、好きではなくなってきた。 喪失感がある。責められているような…

野生動物を馴らす「欲求」

少額だが毎月WWFに寄付をしている。 今秋号のサポーター誌、野生動物の「ペット利用」に関する記事内に、日本動物福祉協会が掲げる、家畜動物の福祉を確保する五つの基本が引用されていた。 曰く、「5つの自由(①飢えと渇きからの自由②不快からの自由③痛み・…

アイン②

アインが歩く階段が白く輝いて月に続いていました。菫色の空をさらに登って、だんだんと暗くなってゆく空、広い広い階段がぼうと光ります。ヨナとリクトはもう随分前にすれ違いました。灰色の二人が手を繋いだまま、あの時のまま、腑を零したまま、階段をす…

散歩

夜を基準に物事を見ると感想が変わる。泥酔して抱え合いながらネオン灯の落ちる歩道で倒れる若い二人連れも、昼に疲れた自分を嫌な気分にさせるものから、面白いものに変わる。こっちはこんなに健やかな気持ちで歩いてるのに、何故か歩道でへべれけにぶっ倒…

過去分

もういちどのひかり カーテンを引いて 毛布をかけて クランベリィをつまんでは もういちどひかりをみよう もういちどひかりをみよう 遠くなった力まで ベスパに乗って ギターを弾けるようになろう もう喜ばせない もうつくらない 僕は僕のためにはたらく シ…

鮭サンド

リッチモンドに寄港した時、足を伸ばしてグランビル・アイランドまで遊びに行った事がある。パステルカラーの建物とガラスのビルが水際に映え、スティックというレアな楽器で路上演奏をするおじさん(Jim Meyer御大、僕はCD買った)やイーゼルの前に座って油絵…

夜更かし

眠れないので文を書くことにした。久々にフリックではなくて、キーを叩く。本当に久々すぎるもののタイピングはそれほど下手になっていないようだ。元からそれほど上手くもないが。 一人暮らしを始めて二週間が経った。部屋探しにはかなり時間と労力を使った…

覚えていない

三日前、白龍の夢を見た。公園のうち錆びた鉄柵に囲まれて、しどけなく小砂利と土草に伸び、さながら小さな動物園に展示されて生きているような、少し過剰に人慣れした印象の龍が、その首を這い伸ばして僕の方に近づいて匂いを嗅ぐようだ。白龍だ、と日常的…

猫の入院

飼い猫が入院してしまった。肺に淡い牡丹雪のような影がいくつも散らばったレントゲンを見ながら、努めて冷静な受け答えをした。こうした影の映る原因はいくつかあり、ひとつには腫瘍、または水腫、あるいは炎症との事で、腫瘍の可能性を印象付けるように医…

貝殻の国

七色に積み重なった貝殻の国、かさかさと乾いた足音で登った丘の上に広がる黄味がかった青空、巻雲と、広がる大地も淡い七色に、ここは遥か昔の海、窪んだしじま、残された過去、抜けて行く底、透球の焦点。

無関心

僕は木に登っていた。冬の空と山際だった。空気は灰色をして、汽笛から透明な煤が吹いて、遠く遠く行き渡ったようだった。白茶けた枯れ草に覆われた畝は、次第に夕暮れの中に波打って、ひとつ、ふたつ、飛び石のように散らされてある瓦屋根も沈んで見えた。 …

アイン①

アインという、月の民の一員がいます。彼は月を眺めていました。群れから一人離れた丘の木の上、とりどりに彩られた布張りの天幕と、薄紫色の空へと登ってゆく微かな炊煙とがいくつも赤土色の地面を埋めた辺りをぼんやりと見遣りながらも、その目はおもむろ…