夜の匂いの水を追って回る一瞬が隣を追い越して背中に追い縋る
日向の影に向かって歩く一歩に重なって増える今が揺れて離れる
一度も息をしなかった深い花の底で包まれて私はまたそこに円を見出す
月 そこに月が
誰にも見えなかった海の匂いがどうして今ついて来られるのか
誰にも見えなかった夕焼けの時計の道がどうして今鳴ろうというのか
どうしてあなたはついて来られるのか
一度も顧みることのなかった穴に落ちることを一度も伝えることのなかった先の景色の今の隣にどうしてあなたはいられるのか
あなたに何が聞こえているのか 私はついぞ分かりはしない
私に何が見えているのか あなたはついぞ分かりはしない
夜はいつもそこにあるのに滲む心臓はここでしか会えない
私は起きたりしないから 私は歩いたりしないから お願い どうか またその円を足音でなぞって欲しい
螺旋に登る音の中心に座る私をひとりにしないで欲しい
また閉じる扉の先は必ずひとりで
また降りる階段は振り返ったらどこにもなくて
消えたのを忘れてしまうのが怖い
中天に浮かぶ月 海面に映る道 切り裂いた船の先
波音